現実

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 意地悪を封印し「メイク直さなくちゃ」とピエロを促してカフェに入ろうとしたとき、再び声をかけられた。  「ちょっと、俺のそっくりさん」  杉浦くんと同じくらい背の高い青年だった。振り向いたピエロの顔を見て一瞬ひるんだが  「せなちゃんから聞いてはいたけど、想像以上。すごいな」  杉浦くんは、まだ自分の顔の状態を知らないので、だんだん不安になっているようだ。  「おれ、ハーバード瑞樹。ハバって呼ばれてる。万松寺通りのローストチキンの店で働いているんだ」  この人がハバくんか。杉浦くんと背格好は似てるかな。  「す、杉浦です。劇団に入ってて。これ」  ピエロがハバくんにビラを渡した。うわっ、差し出した自分の右手が赤いのに気付いたらしい。  「へぇ、芝居してんの。ハッピーハッピー……時代劇なの? タイトルとちぐはぐで面白そうじゃん」  時代劇だったんだ。ゆりはビラをもう一度読み返そうとした。  きゃあああ。女性の悲鳴が聞えた。  「店のほうだ!」とハバ君が言って走りだした。雨の中を、屋根のな裏門前町通を走っていった。  速い。 ハバくんの見事なスタートダッシュに見とれていたら、杉浦くんもそのあとを追っていった。  二人の姿は、あっという間に消えた。ハバくんも足が速いけど杉浦くんも速い。ゆりは、杉浦くんの長所をまた一つ発見した。  ぎゃあああ。今度は男性の叫び声が聞こえた。  なに? また悲鳴? なにが起こってるんだろう。杉浦くんは? ゆりは心細くなってきた。    大きな招き猫がるふれあい広場の方から、中年男性がわめきながら走ってくる。ゆりは大人があんなに必死で走っているのをはじめて見た。何かから逃れるように、死に物狂いの形相で走っている。おじさんは二人の大男に追われていた。ハバくんとピエロに。  こっちに来る。と思った瞬間、おじさんは盛大にずっこけた。おじさんが持っていたピンクのバッグが宙を舞った。  おじさんは女性のバッグをひったくり駅に逃げようとしたら、いきなり現れた大男二人に追われ、逃げまわったらしい。転んだまま動けずにいる。全速力がこたえたのか、190センチ超えの大男二人に見下ろされ怖くて動けないのか。  
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