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虹はもう消えていた。
バスを降り、目の前の入口を潜る。
行き交う人々に混ざりながらエレベーターに乗って、目的の階を目指す。途中で何度か止まって、人を乗せたり降ろしたりしながら着いた先、海斗の名前が掛かる部屋のドアをノックした。
「海斗、入るよ?」
海斗はベッドの上に身体を起こして、パソコンに向かっていた。一昨日まで熱があったから心配だったが今日は調子がいいようだ。
「ーー凪、早かったなーー」
パソコンの画面に打ち出された文字。急いで来たよ、と伝えれば嬉しそうに笑った。
「ーーありがとうーー」
海斗が喉を患ったのは、付き合いだしてすぐ。
それは瞬く間に彼の身体を蝕んでーー海斗から声を奪った。
今は別の場所にも転移して、もう長らく病院に閉じ込められている。
「今日の海斗はね、なんか犬みたいだったよ」
「ーー犬はないだろ、犬はーー」
それからすぐに"海斗"が私の前に現れた。
元気な姿で、大好きだった音楽室に、放課後だけ。
それがどうしてなのかは私にも海斗にも分からないし、彼自身に私と会っていた自覚も記憶もないけれど。
それでも私達は幸せだった。
「ーー凪ーー」
「なあに?」
そう。あの時間を、海斗は知らない。
「ーー海に行きたいな、一緒に。で、俺は凪にーー」
「海斗……」
そのまま続いた文字に、涙が溢れる。
「うん、一緒に行こう。絶対に」
そしてずっと、一緒に居よう。
その約束の結末は、私だけの秘密。
おわり
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