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「もーう。これで久志がやっぱやめるって言いだしたらどうすんのよ」
眉根を寄せて小春がそう言う。やっとの思いで、ここまできたのだ。
「そんなん、殺すでしょ。とーぜん」
物騒な言葉も歯に衣着せぬ物言いも、秋穂ならではなのだけれど。初めましての久志には少々アクが強すぎたかもしれないと、おそるおそる小春が久志を見た。
「言わねぇよ。そんな勿体ないこと」
ぶっきらぼうに零すその細い目に、彼女たちは意図を読み取ることができなかった。
「勿体ない?」
きょとんと小首を傾げたのは紀子。小春も戸惑いながら続きを待った。
「いや…なんでもない。とりあえず、男に二言はないんで」
それだけ言うと、久志はもう話すことはないと言わんばかりに口を閉ざしてしまった。秋穂が駄々をこねるようにしつこく絡んだが、小春がやんわりと止めることでなんとか収まったのだった。
秋穂と紀子は、ずっと小春を心配していた。
たった2ヶ月しか付き合っていなかった男を、その期間が1割にも満たないほどに時が流れてもなお思い続けて。今や晩婚化と言われて久しく、独身貴族が名乗りを上げることも珍しくはなくなったとはいえ。
「うちの部署に移ってきたときには秋穂はもう結婚してたし、紀子も彼いるみたいだもんね。あんまり話してくれないけど」
小春はイタいくらいの片想いを全面的に話してきたけれど、紀子は相手のことを少しも話そうとはしなかった。
「まだ、これからどうなるか分からないから」
それしか言わない。
「そんなこと言って、あたしらが聞いてるだけでももう3~4年は経ってるじゃん。もはや、不倫の香りすら漂うよね」
「はは、それはないから」
紀子は薄く笑う。
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