久方の文

1/3
300人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

久方の文

夕食の支度をするため、家に着いてすぐに小春はキッチンへ向かった。 「シャワー、先に行ってもいいからねー」 手を洗う水音と混じって、そんな声が久志に投げ掛けられる。 「まだいい」 それだけ言うと、彼は手元に視線を落とした。 テレビなんかなくても、彼は一向に困らない。いつも携帯でゲームをしたり動画を見たり。けれど、今日はどうやら違うようで。 “やりたいことだけやってられる仕事ねぇのかな” 何年も前に挙げられたSNSの自分の呟き。たいして投稿数も文字も多くない、ただ吐き出しただけの言葉たちがそこに並ぶ。 “やりたいことをやるために、やりたくないこともやるのが社会人。久志なら大丈夫。吐き出したいときは吐き出して、明日からも笑ってこ” それは、別れてから初めて彼女が彼に送った文字。 これを打つのに、どれだけ勇気がいったことだろう。それでも、どうしてこんな言葉を送ったのだろう。久志はずっと考えていた。 “今日飲めるやついるー?明日休みだし暇だから誰か連絡くれー!笑” 元気なふりをして、仕事で息詰まったのを発散したかったとき。 そもそも、個人的に誰かを誘えば良かったのに、誰を誘えばいいのかも分からなくなっていた。孤独が、少しずつ彼の心を支配していた頃。 “久しぶりー、元気にしてる?たまには潰れるくらい飲んだ方が気持ちいいよ~(笑)” 他の目もあるからか、当たり障りのない文章。でも、溜まっているものが彼女にはきっと分かっていたんだろう。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!