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久方の文
夕食の支度をするため、家に着いてすぐに小春はキッチンへ向かった。
「シャワー、先に行ってもいいからねー」
手を洗う水音と混じって、そんな声が久志に投げ掛けられる。
「まだいい」
それだけ言うと、彼は手元に視線を落とした。
テレビなんかなくても、彼は一向に困らない。いつも携帯でゲームをしたり動画を見たり。けれど、今日はどうやら違うようで。
“やりたいことだけやってられる仕事ねぇのかな”
何年も前に挙げられたSNSの自分の呟き。たいして投稿数も文字も多くない、ただ吐き出しただけの言葉たちがそこに並ぶ。
“やりたいことをやるために、やりたくないこともやるのが社会人。久志なら大丈夫。吐き出したいときは吐き出して、明日からも笑ってこ”
それは、別れてから初めて彼女が彼に送った文字。
これを打つのに、どれだけ勇気がいったことだろう。それでも、どうしてこんな言葉を送ったのだろう。久志はずっと考えていた。
“今日飲めるやついるー?明日休みだし暇だから誰か連絡くれー!笑”
元気なふりをして、仕事で息詰まったのを発散したかったとき。
そもそも、個人的に誰かを誘えば良かったのに、誰を誘えばいいのかも分からなくなっていた。孤独が、少しずつ彼の心を支配していた頃。
“久しぶりー、元気にしてる?たまには潰れるくらい飲んだ方が気持ちいいよ~(笑)”
他の目もあるからか、当たり障りのない文章。でも、溜まっているものが彼女にはきっと分かっていたんだろう。
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