麦わら帽子と白いワンピース

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 そしてその怪雲がまた彼女のこころに雨をふらすのだった。その繰り返しである。数日間この乱高下をいったりきたりしていい加減彼女もつかれてきていた。  ――ここまでかな、と、少女は夏空を麦藁帽のむこうに透かしみた。つき合いはじめてから三年、たしかにこの恋愛にゆき詰まりをおぼえ始めていたのも事実である。彼の二心も、その如実な表われなのかもしれないとおもえば、仕方のないことのような、もはやどうでもいいことのような気もしてくる。  今日、彼女は白いワンピースに麦藁帽といういでたちだった。くろい日傘がそれにアクセントを加えている。いかにも男好きな格好であるけれども、しかし彼女は今日はそんな気分だったのである。そんな気分だったというほかない。  清算。彼女の念頭にはそんな考えがあった。彼とであったのも夏の海だった。友人との小旅行先でであったのだけれども、あの時も自分はしろいワンピースに麦藁帽という清楚ぶったみなりで、海辺を友人と歩いていたところを彼に声をかけられたのだ。話してみると地元が割に近所で、妙に馬もあった。だから軽い気持ちでつき合ってみることにした。  彼は足しげく彼女の地元に足を運び、大学にも遊びにき、自分の友人たちともよくしてくれ、非常に快活なさわやかな風の獣のようなひとだとおもっていた。しかしそれは見込み違いだったのだ。彼は自分を裏切ったのだ、……  あの時の自分というものにさよならを、幼かった自分にさよならを告げるために、わざわざこの夏服を押し入れの奥からひっぱりだしてきた。本当はあんまり女々しくって好きじゃないのだけれども。  なんとなく海をみたいとおもったのも、ほかのだれがどう思うかはさておき、自分としては気分のいれかえという意味合いよりも、やっと恋愛という窮屈な魔物から解放されたという安堵がその動因の最もたる割合をしめるようにおもわれる。その端的な表徴が海という無限の可能性にみちた大自然なのだ。  いまでも目を閉じれば、まぶたの裏にありありとあの頃の夏の海の姿がおもいだされる。海のただなかに岩山のように巍々とたちはだかる白雲、地平線の彼方まで透きとおるようにひろがる青空、なにかしら心の奥底を誘いひきつける潮騒、その潮騒をはこんでくる緩慢な風の感触、そして海のにおい、種々の海藻や海の生物、……  
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