霞ヶ関

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 真理子が役所を辞めようと思ったのは、これで三度目だ。霞ヶ関の中央官庁とはいえ、ノンキャリアの身は辛い。女性に残業はないし、さほど忙しくもないが、やり甲斐のある仕事もない。何年経っても同じだ。キャリアの男性とは全く違った道を歩んでいると思う。向かいの机に座っている新人も、翌年には主任になり、五年もすれば係長だ。  辞めてしまう前に、一度は食べておきたい物がある。霜井課長代理の作るお好み焼き。霜井は課内では「お好み奉行」として知られている。知られているのだが、飲み会でお好みを食べに行ったことは無い。何より霜井は下戸で、飲み会はおろか旅行にも来ようとしない。団体行動をことごとく嫌う。中央合同庁舎五号館の自分の机の前に座っている姿はただの三十男だが、元々は民間で華々しく活躍していたらしい。ソフトウエア・エンジニアとしての経歴を買われて、二十五の時にキャリア扱いで入省した変わり者だと聞いたことがある。キャリア扱いということで今では課長代理にまでなってはいるが、到底出世しそうもない。このまま「お好み奉行」として終るのだろう。以前、市ヶ谷本村町にある統計情報部の技官が「僕が学生の頃、霜井代理って業界では結構有名人だったんだよ」と真理子に教えてくれたが、どう有名だったのかは聞き漏らした。
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