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厳かにそう言って、霜井は火を点けた。いつもながら「加藤さん」などと言われるとこそばゆい。女子職員は「加藤君」「真理ちゃん」などと呼ばれるのが普通だ。なのに霜井だけは誰に対しても「さん」だ。女子職員もノンキャリアもキャリアも。課長にまで「上木さん」などと言う。きっと次官や大臣に会ってもそうなのだろう。
「しっかりと熱が行き渡ったら油を曳く。たっぷりとね」
手際よく油曳きを操る。
「生地にはザク切りのキャベツだけ入れる。肉やら海老やらを混ぜ込んではいけない。あとで丁寧にのせていきます」
たしかに、具材は別皿に盛られている。牛肉の薄切り、殻を丁寧に剥いた小海老、生きた青柳、刻み葱、生卵、中華麺などなど。何人前あるのだろう。霜井は生地を鉄板に置くと、器用に丸くする。
「広げすぎてはいけません。薄いお好み焼きは本当にまずい」
そう言いながら、揚げ玉を落とし、牛肉を広げてのせていく。その上に粉状の鰹節、青々した刻み葱を散らす。役所の机でのんびりと書類をチェックしている姿からは想像できない程の笑顔で鉄板を見ている。真理子とは一周りも離れたオジサンなのに、公園の砂場でダムを造っている子供のようだ。
「代理。楽しいですか」
「とってもね。ふふふ」
薄気味悪い笑いで答える。
「ほら、こことここに穴が空いてきたでしょう。火が通ってくると蒸気が抜ける穴が出来るんです。これが万遍無く出るまで待つ。じっくりと待つ。何があっても待つ。これがポイントです」
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