新橋烏森口

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 霜井は瞬きもせず、鉄板の上を見つめている。いつにない緊張感。微かに生地から湯気が上がっている。ふっと霜井の頬が緩んだように見えた。その刹那、二本の鏝が鉄板と生地の間に滑り込み、裂帛の気合で返す。ジュという短い音。満面の笑み。 「鏝の角でつんつんとつついて穴を空けるんですよ。こうすると熱の通りがよくなるような気がするでしょう。単なるおまじないだけどね」  あちこちをリズミカルに突いて、穴を空けていく。その効果はたしかに怪しい。しかし、霜井は真面目な顔で鏝を振るう。カッカッと歯切れの良い音が正確に響く。これは効果が無くともやってみたい。音が止んでから、ひとつ、ふたつ、みっつの間があった。 「さあ裏返すよ」  霜井が再び裏返すと、見事な焼き色がついている。サクサクと格子状に軽い切れ目を入れていく。たっぷりとソースを塗ってやると、つやつやと光って見える。青海苔をしっかりと振る。海苔特有の香りがぷんと鼻腔を擽る。 「青海苔はいいのを使わないとね。さあ、召し上がれ」  そう言いながら霜井は、鏝を使って一切れ自分が食べて見せる。箸以外でお好み焼きを食べるのは初めての真理子も、見よう見まねで口に運ぶ。ソースと青海苔の香り。熱いお好み焼きを口に入れると、はふはふと呑込む。ふっくらとして、小麦の風味が口に広がる。肉汁が染み出してくる。胃袋の辺りが、ほこほこと暖かい。 「美味しい。本当だったんですね、お好み奉行」     
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