2/9
前へ
/20ページ
次へ
 夜の高速を窓を開けて走る。ギラギラとした照明が、夏の硬い空気を突き抜ける。スピーカーから溢れる歌謡曲の、俗っぽい歌声が窓から後ろに飛んでいく。佐知子は、髪が風に弄られるままにして、前方の闇を見ている。時折、音楽に合わせて、低くハミングをする。彼女の気持ちは良く分からないが、僕は最高に楽しかった。自室で非合法な商売をしている時の、澱んだような快感とはまた別の、爽快感が僕を包む。ハンドルを切ると、彼女の匂いがちらと翳める。対向車のライトが、佐知子の美しい顔を照らす。トンネルに入ると、二人だけのオレンジ色の海に沈む。無言で、僕は車を走らせる。千葉の海に、冷たい太陽が昇る頃、僕と佐知子は初めてのキスをした。  「どうして、僕に電話したの」  「前から、気になっていたの。どうして、杉井君のことを庇ってくれるのか。私には、そんな勇気持てなかったから」  「なんでかな。チビ六のことは放っておけないんだよ。わからないだろうけど」  「いいえ、わかるわ」そう言うと、佐知子はもう一度目を瞑った。静かな長いキスだった。  それからも僕は、自分なりに楽しみながら非合法な商売を続けた。金があるに越したことはなかったが、それ以上に面白くなってきていた。不正コピーをするソフトに、一部改造を加えることもした。といっても普通では分からない。ある特定の操作をすると、画面の一部にメッセージを表示するだけだ。「著作権を守ろう。不正コピーを許すな」そんなメッセージだ。この不正コピーを買う人間に対する、ちょっとした悪戯心だった。ある日、偶然にこのメッセージが表示される。そんなことを考えると、笑いがこみ上げてくる。それからも僕はいろいろなソフトをコピーし、パスワードを盗んだ。  机の上の電話が鳴る。佐知子からだ。  「もしもし、佐知子です。今からいいかしら」     
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加