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今日の二人は、安物の背広を肩にかけ、じっとりとした梅雨明けの夜風を受けている。蛙のうるさい声を聞きながら、ゆっくりと歩く。田んぼの上には、向こうを透かし見ることのできない深い闇。擦り減った靴。襟の汚れたシャツ。膝の出たズボン。結局、五年間で何も変わらなかったのかもしれない。
二人は、駅前で手を振って別れた。チビ六は、人懐っこい笑顔を見せて
「じゃあ」
とだけ言った。ひょいと右手を振ってみせる。僕はなぜか、背筋に悪寒が走った。それが何だったのか、やはり分からなかったが。
翌日から、僕はパスワード破りを開始した。まず、プロバイダの契約者一覧をダウンロードする。個人情報を公開している人間は、案外に多い。その登録番号を片っ端から落としていく。あとは、プログラムの作成。自動的にパスワードの候補を生成する。といっても大した予測はできない。名前のアルファベット表記。生年月日との組み合わせ。住所や番地。郵便番号。電話番号。会社名。そうしたものを一人につき100種類くらい作り出す。
二十三時を過ぎたら、これを片っ端から試してみるだけだ。この時間を過ぎれば、特定の相手との通話を定額で行なえるサービスがあるのだ。プロバイダのアクセスポイントに、繰り返し電話をする。通信プログラムを自動運転させてやると、次々に「パスワードが違います」という表示が出る。ほとんど無駄な作業に見えるが、まれにこちらの予想が当たる場合がある。
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