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板子一枚下は地獄。
漁村で生まれ育った私が何度も聞かされた言葉だ。
幸か不幸か分からないが、村に一つしかない寺の跡取りである私は大海原へ出たことが無い。
海は生活の糧を運んでくる。
赤く輝く珊瑚、つややかな魚たち。貝や海藻。
それらを目当てに漁師が船を出す。
女子供も、網をつくろい、浅瀬で貝を探す。
反面、海は災いも運んでくる。
つい先まで元気であった屈強な若者が、夜には水死体となって運ばれて来る。
過って足を滑らせた子供が、冷たくなって岩場から発見される。
僧である私は、ただ祈ることしかできない。
葬儀では、漁師の親方の沈痛な面持ち。子を失って半狂乱の体で泣き叫ぶ母親。
オレの遊び仲間は極楽に行けるのでしょうか。と懸命に涙をこらえ、すがりつく子供達。
私の祈りは天に届いてくれるだろうか。
葬儀のたび、私は懊悩した。
しかし漁村では海に行かねばならない。
人死にが出ようが、嵐で船が壊れようが、生きていくためには海に頼るしか無いのだ。
何とかしたい。何とかせねばならぬ。
私は暇を見つけては埃がうず高く積もった書庫に入りびたり、先人の残した古文書を読み漁った。
総本山とされる寺にも書簡を送った。
意外にも、返信はひと月もしないうちに送られてきた。
曰く、南方の浄土には、観音菩薩。西方の浄土には、阿弥陀如来。北方の浄土には、釈迦如来。東方の浄土には、薬師如来がいらっしゃる。
そして、書簡には補陀落渡海の方法と、代わりに村へ僧侶を派遣してもよいと結ばれていた。
補陀落。荒れ狂う黒い波を見渡しながら考える。
補陀落。澄いるような青い海原を見ながら思案する。
補陀落。金色に光る月を見上げながら迷いを断ち切る。
補陀落。境内の裏、水死した漁師の墓を眺めて決心する。
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