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私は目を疑った。
海面から青白い手が無数に生えていた。
手には水を汲んだ柄杓が握られていた。
肌が粟立つ。これは幻覚か。はたまた海の亡者の怨念か。
こんなことで心を乱されてはならない。
私は必死で真言を唱えようとしたが、口が渇いて念仏が唱えられない。
底に穴を開けた柄杓を投げ込めば。と立ち上がろうとしたが、膝から崩れ落ちた。
もう立ち上がるだけの体力も残っていないのだ。
青白い手が、ばしゃっ、ばしゃっ、と小舟に水を入れる。
私の人生もこれで終わりか。そう諦めかけた時、顔面に水が命中した。
甘露。この言葉でも言い尽くせない。
口に入った水は、海水ではなく真水だったのだ。
船底に溜まった水に顔をつけ、獣のように水を貪る。
美味い。美味い。美味い。
身体に染み通っていく。
そのまま、私は気を失った。
「これが、私が体験したこと。意識を失った私が流れ着いた所が、あなた様の家なのです」
一気に話し終えて、胸のつかえが降りたような気がする。
「ふぉっふぉっ。難儀な目に遭いましたの」
老女が茶を淹れながら、しわがれた声で笑う。
「情けない話です。西方浄土へも行けず、挙句の果てに船幽霊に命を救われるとは」
「船幽霊のう。お坊様は千手観音を信仰なさってるんじゃろ? 少しこの婆にも教えてくれんかね」
「ええ、構いませんとも。こんな似非坊主の講釈であれば」
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