第二話 屈辱

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 だからほんの出来心だったのだ。ある日の早朝のこと、直行の外回りで大須に立ち寄った際、たまたま通りがかったマンションが、〈大須オーガニックドールズ〉のメンバーの一人、小森あずさの住んでいるところだと気づいたのだ。そのグループは名古屋市大須商店街の地元アイドルで、吉崎浩之が今もっとも力を入れて応援している子たちだった。ファンクラブの責任者も務めているので、彼女たちの住居はいちおう把握している。  ゴミ収集所に目が向いたのも、全くのたまたまだった。そこに半透明のゴミ袋が置かれていて、中に下着の切れ端らしいものが見えたのも、その日は自家用車に乗っていた為、多少の荷物ならすぐ積み込むことができたのも、家に帰って袋の中身を調べてみると、それが小森あずさのものらしいと判明したのも、すべて偶然の要素が重なったのだと言うしかない。  偶然手に入ったものでも、活力源には違いない。吉崎浩之はそれらをスマートフォンのカメラで撮影し、仕事で辛いことがあった時には、写真を見返して自分を元気づけていた。アイドルの私物が自宅にあるという事実が、顧客からのどんな理不尽な苦情にも耐えさせてくれるのだ。愛妻と暮らしている感覚とは、こういうものかもしれないとすら思った。
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