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「その足はただ、歩いているだけなんですか?」
「ああ、そうだった筈だ」
「だって、あの、立ち止まってましたが」
「……へえ、どこでだ?」
そこで言葉に窮する。ユウレイが自分の部屋の前で立ち止まるなんて聞いて良い気がする訳がないのだ。
しかし、言わない訳にはいかなかった。暫く逡巡した後答える。
「あなたの家の前です」
先輩の息を飲む音を聞いた。そりゃあ、嫌に決まっている。
なのに、先輩はすぐに人の悪い笑みを浮かべた。
「そうか、そうか」
嬉しそうに言う先輩の声が明らかに場違いに感じられる。
「いや、1年ほど前にあの足を捕まえたことがあってな」
あんまりにも、カツカツとうるさい音を立てるから、ムカついて足をひっつかんでやったんだよ。
目を細めて先輩は言った。
「靴さえ履いて無ければうるさくないだろうと思って、無理矢理脱がせたんだよ、ハイヒールを」
それで足をみたらさ、紫色の糞ダセエ靴に似合わないピンク色の可愛いネイルしてるんだよ。
思わずそっと足の甲を撫でたんだ。
先輩の表情の口ぶりもユウレイの話をしている様には思えなかった。
まるでノロケだ。
「だけどな、その日をさかいに、俺には彼女の足は見えないんだ。
音は時々聞こえるんだけどな」
残念そうに先輩は言った後、お前も触れればもう見ないかもなと伝えられた。しかし、そんな解決方法は御免こうむりたい。
「ああ、残念だな」
お前も触れればもしかしたらまた見えるかもしれないのに。心底残念そうに先輩は言った。
漠然と、先輩はあの足に恋い焦がれているのだと気が付いた。
顔すら見えないユウレイをまた見たいと思っているなんて、気持ちが悪い。
「まあ、耳栓でもしていれば気にならないだろう」
それしかないのだろう。結局この人もあの足が何なのか、どうすればいなくなるのかは分からないようだ。
気にしない様にして乗り切るしかないのだろう。
* * *
半年後、ようやく貯めた金で俺は引っ越した。
今も先輩は、あのアパートで一人暮らしているはずだ。
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