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なんだ、あれは。
疲れて、幻覚でも見ているのだろうか。
けれど、どう考えても女の足は見えている。
血色の悪い、かさついた、けれど若いであろう女の足だ。
怖かった。あんなものを見たのは初めてだった。
今までもこのアパートはあんなものが歩いていたのだろうか。
息をするのも怖くて、ただ、ただ、息をひそめしゃがみ込む。
それから這うようにして布団に潜り込み、耳を塞いでやり過ごした。
音は恐らく明け方まで聞こえていた筈だ。
空が白むのを感じてようやく少しだけ眠れたのだ。
完全に寝不足の眼で体を引きずるように外に出る。
もうあの女の足は無かったことにホッとする。
偶然、隣の部屋の先輩も出勤するところだった。
あの、足だけの女が立ち止まっていた部屋の家主だ。
ギクリと固まった、俺を見て、先輩はニヤリと笑う。それから、ああ、ようやくお前も気が付いたのかと言った。
「見たのか?」
半ば確信を持って聞かれ、頷く。うんうんと頷きながら先輩は腕を組んだ。
「あれは一体なんなんですか!?」
悲鳴のような声になったが、気に等していられない。話しぶりから言って、先輩はあの足が夜中に歩き回ることを知っている様だった。
「会社始まるし、夜にでも」
それに俺もよくわからないしなと先輩は笑った。
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