770人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
セックス・ピストルズの『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』が何度目かのリピートを終えたその時、少し先の曲がり角から待ち詫びていた背中が現れた。
だらしなく着崩した制服。背中にはいつもの黒いギターケースが背負われている。
わたしはイヤホンを両耳から外し、街路樹の陰から足を踏み出した。早足で追いつくと、ひとつ深呼吸をしてから、思い切って声をかける。
待ち伏せしていたことを悟られないよう、出来るだけ自然に。
「――遊佐(ゆさ)先輩」
振り向いた先輩は、とても眠そうな顔をしていた。
わたしの笑顔につられたのか、元々垂れ気味の目尻がさらに下がる。
「どうも。えっと……」
「幸村瞳(こうむら・ひとみ)です」
「あー、そうそう。コームラさん」
先輩はへらっと笑って、
「ごめん。俺、バカだから人の名前覚えらんなくて。昨日はライブありがとね」
自分の顔がたちまち緩んでしまうのを自覚した。名前はともかく、顔を覚えてもらったことが嬉しかった。
ふあ、と先輩が欠伸をする。このまま並んで歩いてもいいんだろうか。迷いながらも、わたしはさりげなく歩調を合わせた。
最初のコメントを投稿しよう!