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しばらく無言で箸を進めていると、奥の部屋から微かに塚原の声が聞こえた。何を話しているのかはわからないが、姉に対して呆れるような声で話している気がする。
聞き耳を立てるのは良くないと思いながらも、ついつい奥の部屋に意識を集中させてしまう。あの暗闇の中、どんな会話をしているのだろう。
「おかわりあるから、足りなかったら言ってね」
突如、塚原のお母さんに声をかけられたので少し驚いた。ゆっくりと見上げると、満面の笑みでしゃもじを持っている。
「それじゃあ少しだけいただきます。あ、さっきの半分くらいで」
そうこうしていると、塚原がテーブルに戻ってきた。その後は特に奥の部屋から物音がする事も無く、段々とどうでも良くなってきた。食事が終わった後もだらだらと話し込んでしまったので、俺が自宅に帰ったのは22時過ぎだった。
●◎●◎
部屋着に着替えてから、スマートフォンを取り出す。そろそろ沙也加に連絡をしておかないと浮気を疑われてしまう。
沙也加と出会ったのも大学で、最初は塚原の友達という関係だった。ふとしたタイミングで塚原が学食に連れてきたのがきっかけだ。少しウェーブのかかった茶髪のロングヘアと、アーモンド形の大きな瞳が印象的で、一瞬で恋に落ちた。
「もしもし、遅いよ和樹」
「悪い、塚原の家で夕飯を食べてたんだ」
出会いからデートに至るまで、そこから先の告白まで、何もかもが怖いくらいにとんとん拍子に進んでいった。後から話を聞いたところ、どうやら沙也加も俺に一目惚れをしていたらしく、最初の段階で相思相愛だった訳だ。気立ても良く、身体の相性も良かった。束縛癖なところが玉に瑕だが、それを除けば自慢の彼女だ。
「本当に塚原君と仲いいね。そっちが本命だったりして」
「そんな訳あるか、気色悪い」
心底嫌そうにそう言い放った後に、同じタイミングで笑う。いくら塚原が美形とはいえ俺に男色の趣味は無い。自他共に認める女好きだ。沙也加もそれを承知で冗談を飛ばしたのだろう。
「でも、塚原君のお姉さんかなり美人だからな心配だな。そっちになびかないでね?」
「やっぱり美人なのか!」
「何なの、その嬉しそうな反応は」
「いや、今日塚原のお姉さんも家に居たみたいだけど、寝込んでたから会ってないんだよな。塚原似なら美人だろうなと予想していただけで深い意味はない」
「ふーん、どうだか」
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