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「友人なんだろ?同い年ぐらいなら呼ぼうかと」
「断られると思うよ。たぶん。いや。絶対に」うまく声になってなかったんだと思う。「ん?ごめん。聞こえなかった」聞き返されて大げさに首を横に振った。
藤島と別れて途端に気持ちが沈んでいることに気づく。原因はなんなのか。
この時はわからないままだった。
「声かけないでいいのか?」
「かける理由がありませんね」エレベーターが閉まる寸前から振り向いていたのを北沢主任に見られていた。
「可愛らしいのが趣味か?」それでも前に進んでいく主任のすぐ後ろに着いていく。
「知り合いです」とは言ってみたが「遠い過去の話しですが」と付け加えておくことは忘れないようにした。
「そうか?向こうはお前のこと気にしていたようだけどな」
「どうでしょうかね。今はそうでもないと思いますよ」見送った西野のエレベーターの扉が閉まるギリギリの表情は彼によってだいぶ和らいでいた気がする。
結婚したいとか酒に飲まれて嘆いていたはずがあんないい顔して向かいあえる人がいることが不思議だった。
「しかし、ここの会社。いい会社だな」髪を後ろ手にまとめている主任を斜め後ろから見つめて「私もそう思います」と答える。
「頑張りましょう」例え主任が自分の会社に裏切られた過去を忌々しくとも。
「主任らしく」僕をこの場所に連れてきてくれた、この人に恩返しをしなければ。
「わかってる。成見も、頼む」何としてもこの仕事を成功させたい。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
ただ。頭の隅には西野もいた。
無用の心配だったのかもしれない。良い会社で良き同僚なら僕の思い込みなだけで済むような西野の望んだ未来が掴めるのかもしれない。
少し安心もした。
でも少しだけ胸の奥が痛い気もした。
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