居酒屋が好き

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「ナリは。後でいいでしょ。少し眠らせてあげたら」 安野にそう言われて真崎は渋い顔して小さくため息吐き「ま。タキは後にして」自分の鞄を探り大事そうに一枚の紙を出した。 「あっ」婚姻届まで声にならないまま安野と真崎を西野は交互に見比べる。 どうだ。と言わんばかりに手で持ったまま西野の目の前に広げられた婚姻届。 居酒屋の照明が透けて見にくいけど。 真崎凌。 安野梨々香。 それぞれの名前が記入してある。 安野と目が合って思わず抱きつく。 「リリおめでとう。やったじゃん」 「ありがと」 恥ずかしそうな安野を見ながら涙ぐむ西野。 真崎はそれを横目にせっせとテーブルの上をきれいに拭き上げる。 「うわ。真崎になるんだ。真崎梨々香」 すでにほとんどの記入の済んでいる滅多に見ることのない婚姻届けに興味津々の西野。 「なんか慣れないねぇ」 安野はそう言われて肩をすくめる。 「だよね」 「ずっと安野だったし」 「そりゃそうだろ。オレは別の姓でも良いって言ったんだ。リリもオレも上に兄貴がいるし姓は互いの好きにしようって話して。こうなった」 「こうなった?」 「私が決めた」 目を丸くする西野に「だよな」と真崎が半ばあきらめたように口にする。 「意外。って思うか。やっぱり」 「うん。まぁ。意外と言えば意外」 「私だけ。なら仕事続けてたから姓は変えるなんて考えてもいなかったわ。上手くいかなくて別れたとしても後で面倒なこともほとんどないぐらいしか思ってなかったもの。まぁそれ以前に私自身、結婚するなんて夢物語ぐらいにしか思ってなかったし。でもね。お腹の中にいる子のことばかり考えてるのよ。今の私って。毎日毎日おなかばかり見てる。すぐになんて大きくもならないぐらいわかっているのに。早く会いたいとか思っちゃってる。そしたらね。気付いたの。リョウのおかげだって」 恥ずかしそうに。安野は両手で自分の赤くなった頬を隠すように覆う。 「 なら。いいかって。ずっと続くなんてわからない。けど。せっかく与えられた世界なら、それもいいかもなんてね。仕事して意地張っても私の代わりなんていくらでもいるけど」安野は自分のお腹を優しく触れながら「こっちの代わりいないもの」なんて言う。
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