居酒屋が好き

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「西野」 強い口調で名前を呼ばれて気が付く。 振り向いてずいぶんと離れていたこと。 真顔だった成見が目に入って瞬間怯えてしまった。 でも目が合った途端に優しく笑いながら近づいてくる。 「僕にそんな笑顔しても。ねぇ」 そう言われて思わず唇を噛む。 君が好きじゃない私の愛想笑い。 「君にもあるさ。あの2人みたいな世界が」 並ぶ少し手前で立ち止まる。 「幸せになれるさ。君が本当に望むなら。きっと。きっかけなんだよ。欲しいと願って動いたら叶うのを目の前で見て気づかないわけないだろ」 「まあ。ね」また歩き出す。 「そしたら寂しくなんてなくなるよ。友達は友達で、西野は西野の幸せなんだ。君だっていつかは安野のような未来があって当然さ」 「そうかな」小さく呟いてみる。 「でもさ。仕事辞めて。とか。現実的に考えると。不安しかないよね」 成見の靴音がすぐ近くで聞こえる。 「辞めて他に何が出来るわけじゃないし。やりたいこともない。もし。仕事辞めて結婚してもずっとじゃないかもしれない。絶対じゃないのに今の生活を他人に任せてとか。 とってもじゃないけど私には無理かも。不安過ぎて怖いもん」 「はは」途端に笑われる。 キッと睨むと成見の目線は歩く方向へ逃げた。 「わかんないか。どうせ男だもんね。女の気持ちなんてさ」 もっと言うと他人の気持ちなんて興味のない人間にわかりっこない。 「そうだね」 私の嫌味もさほど成見の心に棘にもなってないみたいな顔しているのが癇に障った。 「結婚とか。なんで面倒なの考えなきゃならないの。相手だって探さなきゃならない。今だって十分に楽しくて、わざわざ変えなきゃならない理由なんてないのに。それなのになんなの?彼氏いないとなんなの?30前だからなんなの?幸せになるのにそんなに無理しなくちゃならないものなの?もうやだ。顔合わせたらいつもそう言うことばっかり言われるユウのことも考えてよ」 言い出したら止まらなくて。 叫びたいわけじゃない。 大きな声を出すわけでもない。 ただ私自身の思いを等身大で吐き出しただけ。 薄くて小さくボソボソ話す本当の私の目立ちもしない声で。 いいんだ。 誰も私の思いなんてわかりはしない。 「少なくとも僕は西野に期待してるだけなんだよね」 一緒に歩いているままだった。 話したくもなかった。
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