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僕達の産まれた場所は内陸に位置する県だから、海というモノが非常に珍しかった。だから嫁ともよくこんな会話をしたものだ。
「啓介くん、結婚したら海の見える場所で新婚旅行しようね」
「うん……楽しみだね、結婚」
「子供が産まれても、一緒に海に行ってさ……」
「うん。必ず行こう」
そして僕達は結婚をして、車で今まさに海に向かっていた。
子供はまだ居ないから二人っきりの新婚旅行。
助手席に座っている嫁は窓に頭を預けて前を見ている。
後部座席に積まれた海で遊ぶための浮輪が、右へ左へハンドルを切る度に左右に揺れる。
「もう少し待って、夏に来れば良かったかな」
僕はブレーキをゆっくりと踏みながら嫁に話しかける。
「でも、早く行きたかったんだよね」
嫁は車の振動に揺れながらニコリと笑った……気がした。
ずっと前を見ているので、そのように見えただけかもしれない。
高速道路で行けばすぐに着くのだが、僕はあえて一般道路を使う事にした。
単純に高速道路が苦手なのだが、嫁には言えない。
そういえば、嫁はよく言っていたな。
結婚する前の事だ。
僕が車で高速道路に入ろうとすると、合流地点で「ぶつかるかと思った」と心配そうに僕を見るのだ。
「だ……大丈夫だよ。こんなの余裕だよ」
僕は苦笑いをして嫁に言う。
「運転、代わろうか?」
「じゃあ、今度頼む」
「うん。わかった」
でも結局僕が運転する事になった。
まぁ、理由は色々あるのだが……何、大丈夫。
高速道路に乗らなければいいだけの話だ。
それから数時間後、僕達は隣県の海へ到着した。
まだ春だから、そんなに人はいない。
二人っきりの空間だ。
駐車場へ車を停めて、僕は降りる。
そして広大な海を見渡し腕を広げた。
海の匂いと風が気持ち良い。
僕は未だ車に乗っている嫁を見て「お前も早く来いよ」と微笑んだ。
「うん。今行く」
嫁が車の中でそう言った気がした。
波の音に消されて、ちゃんと聞こえなかったが……
それから……僕達は海を歩いた。
憧れていた海。新婚旅行。いや、新婚旅行とは呼べないが……こういうのも悪くないだろう。
「なぁ明恵。海に入ろうか?」
僕達は上に着ている服を脱いで、予め身に着けてきた水着を披露した。
こんな季節に水着って……変わった二人だと思われるだろうな。でも、それでいいさ。
そして、僕達は一緒に海に入る。
「冷たい」
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