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あまり使われなくなったお御堂の裏は、なので人が通り過ぎることすらあまりない。
学校の敷地内からも断絶されたような場所だ。
だが唯は、そこに一本だけある桜の木が気にいっていた。
人知れず、静かに、それでも一生懸命に毎年淡く色づくそれが、なんだか健気で神秘的で、つい眺めに立ち寄ってしまうのだ。
「今年も綺麗に咲いてるかな」
迷っているかもしれない生徒より、その桜が見たくなって唯はそちらに脚を向けた。
それが、その少女との出会い、唯がその少女を見つけた初めての瞬間だった。
黒いセーラー服を模したワンピース。
若干小柄で、細いウエストから下はスカート部分だけがふっくらと膨らんでいる。
黒いレースとフリルのついた日傘までさしている。
遠目からでもわかるほど、透けるような白い肌。
「………」
なんて、綺麗な。
ひっそりと立つ桜を彼女は見上げていた。
うちの生徒ではない。
妃が丘の制服は、キャメル色のブレザーに、女子なら赤いリボンタイかネクタイ、スカートは茶色に赤いタータンチェックだ。
男子ならばそれに青のネクタイ、茶色に青のタータンチェックのズボン。
どうかしましたか?
と声をかけたいのに、言葉が出ない。
ただ、ひたすらにその少女を見つめていたかった。
年の頃は、15、6?
もしくは、もっと下に見えなくもない。
花弁が、ひらりと舞う。
彼女の頬をくすぐるようにかすめた。
そうすると、その女の子は微かに、本当にほんの少しだけ、口角を上げて笑みを浮かべた。
「っ……」
こんなに美しい情景を唯は生まれて初めて見た。
肌が粟立つ。
「き、」
君、と声をかけようとした時。
リンゴーン、とチャイムが鳴った。
やばっ!
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