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左手首の腕時計を確かめ、式が始まる時間だと慌てた。
そうして少し目を離し、もう一度桜の木の下に視線を戻したが、少女の姿は消えていた。
淡いピンク色の花弁だけが、ちらりちらりと風に舞っていた。
幻…?
まさか、妖精?
「んなわけないか…」
科学教師である自分が、そんな非科学的なことを考えるとは、なんだか笑えてしまう。
足早に入学式の行われる講堂に向かった。
唯は、今年は1年B組の副担任になった。
担任は、坂本という年齢不詳の女教師で、担当科目は国語の妃が丘が共学になる前からの先輩だ。
その坂本が、胡散臭い関西弁で問うてききた。
「小日向はん、どないやと思う?今年の新入生?」
「どない、と言われましてもね」
「なんやらなー、問題児だらけらしいんやわ」
へー、とお互いに小声で話しながら、とりあえずB組の列をなんとなしに見やった時だった。
「!?」
あの女の子だ…
桜の木の下の、長い亜麻色の髪の毛をツインテールにした、セーラーワンピースを着た彼女。
「坂本さん、あれ、あの子は??」
ああ、と坂本は笑った。
「B組の子や」
「は?」
「あそこに座ってんねんもん、B組の生徒に決まっとるやんけ」
「でも、制服は?あれ、明らかにうちの制服じゃないですよ」
セーラータイプと言えどむしろ私服に見える。
「まずあれが問題児其ノ壱やな」
ぷくく、と可笑しそうに坂本は笑った。
「な、なんで制服じゃないんですか?」
「さっき聞いたらな、気に入らんやって、ここの制服」
「はぁ?」思わず間抜けな声が出て、まじまじとその生徒を眺める。
「名前なんやったかな、まぁ後で教室で。とりあえず式ちゃっちゃっ終わらへんかな。しんどいわぁ…」
新入生の挨拶の代表は、なぜか髪をダークピンクに染めた、小柄でメガネをかけた男子生徒だった。
なんでも、試験を首席で合格した生徒らしい。
その間も、そうじゃない間も唯はセーラーワンピースの少女を幾度と見つめてしまっていた。
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