その翌日

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「おじさん、散歩だって? 海香が食べ終わったら、俺たちも行くか」  亮ちゃんがそんなことを言い出したから、天ぷらを持ったまま箸が宙で止まった。 「散歩に?」 「この辺、変わったか見てみたい」 「そっか。じゃあ、ご案内します」  何だかワクワクする。亮ちゃんと散歩! お父さんに誘われても絶対に行かなかったけれど。  そうと決まればちゃっちゃと食べる。お父さんの散歩コースを追いかけるように歩けば、ばったり会って邪魔されることもないだろう。えーと、確かお寺の前を通って坂を下りて、和菓子屋の角を曲がって? ちゃんとお父さんの話を聴いておくんだった。 「偉いぞ、海香」  亮ちゃんに頭をナデナデされるのも十年ぶりだ。  日曜日はいつも私が食器を洗う。お父さんは食後すぐに散歩に行くし、お母さんは洗濯や掃除をするから。そんな当たり前のことを褒めてくれる亮ちゃんは、やっぱり私のことを子ども扱いしている。  四人分の食器を洗っている私の横で、なぜか亮ちゃんは私の髪を弄んでいた。 「海香の髪は傷んでなくて、長いのに指通りがいいんだよな」  褒められて嬉しい気もするけれど、それ以上にチクンと胸が痛んだのは、誰かと比べられているみたいだから。元カノ? だよね。いない方がおかしいよね。二十八なんだから。こんなマッチョでカッコいいんだから。 「よし、行くか!」  洗い物が終わると、亮ちゃんはテーブルに置いていたスマホをポケットに突っ込んだ。うちのお父さんのTシャツとハーフパンツなのに、亮ちゃんが着ているとオシャレに見えるから不思議。  私はお気に入りのTシャツとショーパンの組み合わせ。子供っぽいとは思うけれど、こんなのしか持っていない。 「あら、あなたたちも散歩? UVローション塗ったの? 帽子は?」  玄関で矢継ぎ早にお母さんに言われて、慌ててローションを塗っていたら、亮ちゃんが客間から自分の帽子を持ってきた。オフホワイトのパナマハット。それをポンと私の頭に乗せた。 「ブカブカ」 「昨日みたいにお団子にしたら、丁度いい」  お団子ってシニョンのこと? あれって結構時間がかかる。だから、私はポニーテールにして帽子の中に入れ込んだ。  亮ちゃんはそれを見て満足そうに頷いたけれど、髪は下ろしていた方が良かったんじゃないの?
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