その翌日

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 その後、亮ちゃんはあまり話さなくなってしまった。私が話しかけても、上の空で相槌を打っている感じ。もしかしたら、私がナンパされていることにショックを受けたのかも。もちろんそれは父親が娘を心配する感覚で。いつまでも子どもだと思っていた我が子が、いつの間にかよその男たちには女に見られていたと知った時の父親のショック?  それとも、男たちにナンパされるような軽い女になったと思われちゃった? 考えれば考えるほど、私の口数も少なくなっていった。  お寺の前を通ると急な下り坂があって、その坂の上からは戸波の海が一望できる。今朝の海は穏やかで、朝日を反射して白く光っていた。 「ああ! やっぱりいいな。ここから見る景色は絶景だな」  ようやく亮ちゃんが目を細めて笑ってくれた。いかつい切れ長の目が丸く弧を描いて、可愛い顔になる。昔から私はこの亮ちゃんの笑顔が大好きだった。好きで好きで大好きで、亮ちゃんを笑わせるためなら何だってしたくなった。 「東京の暮らしは大変だった? もちろん今ではもう慣れただろうけど、高校卒業したてで独り暮らしを始めた頃は、戸波が恋しくなった?」  懐かしそうな亮ちゃんを見ていたら、ふとそう思った。  今までの私は亮ちゃんに会いたい一心で東京に行こうと思っていた。昨日、亮ちゃんに再会して、上京して亮ちゃんのそばにいたいという思いが強くなったけれど、きっと私はすぐにホームシックになりそうだ。都会の雑踏の中で、この風景が瞼に浮かび、無性に恋しくなるに違いない。 「うーん、そうだな。戸波が恋しくなったというより、海香が恋しくなった」  パナマハットの脇からはみ出した私の髪を指に絡ませて、そんなセリフを言うなんて。  ボンと顔から火を噴いたように熱くなった私は、亮ちゃんの視線を避けるように海を見つめた。 「ホームシックじゃなくて、海香シック?」 「そう、海香シック。東京の暮らしにはすぐに慣れたよ。独り暮らしは気楽で、友達も出来たし。でも、重度の海香シックになって大変だった」 「私も亮ちゃんシックになったよ」  ううん。きっと今でも亮ちゃんシックだ。ずっとずっと亮ちゃんシック。
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