その翌日

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「海香、東京に来ないか? 東京の方が大学もいろいろあるし、卒業後の選択肢も多い。俺のマンションの近くに住めば、心細いこともないし」 「行く! いいの? 亮ちゃんのそばに行っていいの? 本当にいいの?」  思わず萌に抱きつくみたいに亮ちゃんに抱きついてしまった。だって、まさか亮ちゃんの方から、こんな嬉しい提案をしてくれるなんて思ってもみなかったから。ハッと我に返って身体を離そうとしたら、亮ちゃんがギュッと抱きしめてくれた。 「いいよ。そうしろよ、心配だから。……海香は俺のそばにいなくちゃダメだ」 「うん、そうする。亮ちゃんのそばにいたい」  夢みたい。  過保護な幼馴染が父親気取りで言ってくれているのだとしても。『俺のそばにいなくちゃダメだ』なんて、そんなことを亮ちゃんに言ってもらえる幸せな女の子は世界中できっと私ぐらいのものだ。  こんな風にギュッと抱きしめられて。亮ちゃんのコロンが甘く優しい香りだって知ることが出来て。本当に夢みたい。  急な下り坂を下りる時、亮ちゃんは手を繋いでくれた。さっき玄関で可愛い赤のサンダルにするか、白のスニーカーにするか迷ったけれど、亮ちゃんはスニーカーを履いた私でも手を繋いでくれた。  ゆっくりゆっくり坂を下っていく。戸波の海を遠くに見ながら、大好きな人に手を引かれて。  きっと一生忘れない。私がおばあちゃんになっても、思い出すだけできっと胸がキュンとなる。そんな宝物みたいなひとときだった。この坂がずっと続けばいいと思った。  坂を下り切ると、そこは昔ながらの商店街。大型ショッピングモールが出来たせいで、一時期、客足が減ったものの、レインボーカップのおかげで盛り返してきた。そんな商店街を懐かしそうにキョロキョロしながら歩く亮ちゃんは、私の手を握ったままだ。  もう坂道じゃないのに。まだどこの店も準備中だから、お客さんが歩いていない道で私たちがはぐれるわけないのに。  何だか恋人みたい。どうして手を繋いでいるの? 訊きたいけれど、訊いてしまったら手を離されそうだから訊かない。大きくてゴツゴツした亮ちゃんの手が、私の手をすっぽりと包み込んでいる。  亮ちゃんの恋人になれたらいいのに。東京でそばにいられたって、亮ちゃんと他の誰かがこんな風に手を繋いでいるのを見せられたら、きっと辛いだけだ。
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