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「海香! 開会式が始まるから俺たちは会場に移動するけど、海香はもう少しここにいるか?」
大好きな声が聞こえて振り向いたけれど、逆光で亮ちゃんの顔はよく見えなかった。
「あ、うん。亮ちゃんのチームは何試合目だっけ?」
「三試合目。一人で来られるか?」
「何だったら俺が連れて行ってあげますよ」
大丈夫と答えようとした私よりも先に哲平さんが口を挟んで、ね?と私の肩に手を置いた。
「結構だ。俺が迎えに来る」
亮ちゃんがずかずかと店の中に入ってきたので、哲平さんはパッと私から手を離した。
「大丈夫だよ。私、一人で行ける。子どもじゃないんだから迷子になったりしないよ」
「ダメだ。危ないから」
口を尖らせた私を宥めるように、亮ちゃんは私の肩を撫でた。今、哲平さんに触れられたところ。……でも、勘違いしちゃいけない。これは”消毒”でも”上書き”でもないから。
亮ちゃんが私のおでこにキスをしてから海の家を出て行くと、萌と哲平さんの口から同時にため息が零れた。
「相変わらず亮さんってば甘々。海香のことが可愛くて仕方ないんだろうね」
「見たか? あの目。俺、殺されるかと思ったわ」
頷き合う二人に私は首を横に振った。
「過保護なだけだよ。亮ちゃんにとって私はいつまでたっても妹みたいなものだから」
私の声のトーンの暗さに何かあると気付いたようで、萌は哲平さんにあっちに行ってろと目配せし、哲平さんは肩を竦めて厨房の奥に引っ込んだ。
「確かに始まりは”妹”だったかもしれないけど、今は違うでしょ? 妹とはキスもしないしエッチもしない。でしょ?」
優しく諭すような口調の萌に、私はまた首を振った。
「亮ちゃんは優しいから、いつも私の望みを叶えようとしてくれる。付き合いたいって言ったのは私で、亮ちゃんは「そうだな」って頷いただけ。だから、きっと。……私が「別れよう」って言っても、いつもの調子で「そうだな」って頷くのよ」
涙が頬を伝う。それを呆れ顔の萌が見つめている。まるで、あの時のように。
潮の香り。キラキラ光る海。
あの再会は運命だと思ったのに。
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