君だけに溺れる - side 亮

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 海香のおばあさんが持ち直して俺のお迎え当番は終わったが、数か月後、急用ができたおばさんに頼まれて久しぶりに幼稚園に海香を迎えに行った。そこで、俺は猛烈な嫉妬を感じる羽目になる。  海香は園庭の隅で小柄な男子と向かい合って、二人だけで縄跳びをしていた。あとで聞いたら、クラスで二人だけテストに合格しなかったので、先生に言われて練習していたらしい。でも、俺はそんな事情を知らなかったから、海香が浮気していると思った。そんな風に感じること自体、もう恋だ。  そうだ。これは俺の初恋なんだ。俺はやっと自分の気持ちを認めた。  俺が海香と同じ歳だったら、何の問題もなかったはずだ。『初恋は幼稚園の時。近所のいつも一緒に遊んでいた女の子でした』。そんな微笑ましいエピソード。それでその子と結婚したら、純愛を貫いたという美談にさえなる。  今、俺が高校生だから変態に思えてしまうけれど、大人になったら十歳差のカップルなんて珍しくもない。そう考えたから、俺は海香と指切りげんまんの約束をした。海香が大人になるまで待てばいい。ずっとそばにいて、悪い虫がつかないように警戒心を怠らずに。  海香を女子校に入れたらどうかと提案したのは俺だ。ちょうど公立の小学校が荒れていた時期だったので、おばさんたちもすぐにその気になった。  戸波女子学園はお受験をするような学校ではないから、簡単な面接だけで入学できる。良妻賢母を育てることをモットーにしているような、今時珍しい時代錯誤の女子校。でも、海香にはそんな純粋培養的な環境が必要だ。俺以外の男とは接触しないように。俺との約束に疑問を持たないように。  海香が小学校に入っても、俺との関係は変わらなかった。高校から帰ると、俺はすぐに海香の家に行く。おばさんが夕食を作っている横で、海香の宿題をみてやる。海香の音読カードには俺のサインが並んでいた。  俺が海香に読み聞かせをしてやることもあったが、そういう時は大抵まだ翻訳されていない児童用の洋書を読んでやった。学校の図書室にないような本で、海香を夢中にさせたかった。  兄妹が異世界に行って冒険をする、剣と魔法の物語のシリーズが海香のお気に入りだった。時々、おばさんの夕飯をご馳走になって、その後、風呂の時間まで勉強する俺の隣で海香も宿題をやったり本を読む。すぐにうとうとしてしまう海香の髪を弄りながら、俺はこの上ない幸せを噛みしめていた。  当たり前のように、そばにいること。ずっとそんな幸せが続くのだと思っていた。
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