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よく見れば、背の低い子の肩から分厚いテキストの入ったトートバッグがずり落ちそうになっている。一方、背の高い子のバッグは薄くて軽そうだ。姉妹なら学年が違うだろうから、妹は授業で姉はそれに合わせて塾に来て、別室で自習でもしていたのだろうか。
この姉妹が以前海香が話していた“別室で教えている生徒たち”かもしれない。確か姉の方に事情があって、みんなと一緒の部屋では授業が受けられないと言っていた。そうだとしたら、いくら妹と一緒でも初対面の俺に話しかけるのは相当勇気がいったはずだ。
「実はね」と話しかけながら、車のボンネットに腰を下ろして彼女たちと目線の高さを合わせた。立ったままの身長差だと、怖がらせてしまうかもしれないと思ったからだ。
「久米先生はある女性に嫌がらせのようなことを言われたみたいなんだ。元気がないのはそのせいだと思う。世の中には平気で人の心を傷つける奴がいるだろ? でも、おじさんが彼女を助けるから大丈夫。絶対守るから。すぐにまた元気になるよ」
俺が自分に言い聞かせるように話すと、二人は目をキラキラさせて頷いた。
「私も学校で『暗い』とか『ウザい』とかいろいろ言われて保健室登校しかできなくなっちゃったんだけど、塾で久米先生に教わったら英語の成績がすごく上がったんです!」
背の高い子はそこまで言うと、また恥ずかしそうに下を向いてしまった。でも、手前の子が引き取るように言葉を続けた。
「だから、私たちも久米先生を励ましますね! そんな奴に負けるなって」
「ありがとう。よろしくな」
「はい!」と元気に答えた二人は、ちょうど来たバスに乗ってからも窓から手を振ってくれた。
コーヒーを買ってから、あすなろ塾の駐車場に車を停めた。海香が出て来るまで、もう少しかかるだろうか。ここで待つか、塾を覗いて神野塾長に一言挨拶するか迷う。だが、生徒たちが続々と入っていくのを見ると、顔を出すのは迷惑だなと諦めた。
スマホホルダーに置いたスマホが振動し、ドリンクホルダーのコーヒーに波紋を広げた。表示されたのは見知らぬ番号だ。楢崎くんか?
「はい、葉山亮です」
「どーも。俺、楢崎です。協力します」
「ありがとう!」
みんなを巻き込んで悪いが、海香を守るための総力戦だ。さっきの女子中学生が言った通り。竹下なんかに負けてたまるか。
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