残酷な真実と優しい嘘

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 酔った勢いの過ちなら、亮ちゃんとやり直せるかもしれない。そんな希望が私の胸の中に芽生えた。亮ちゃんが竹下さんとの関係を少しでも悔やんでいるのなら。そして、私のことをまだ好きでいてくれるのなら。  亮ちゃんが私を「妹みたいな大切な存在だから、そんなにすぐには突き放せない」と思っているのなら、まだ可能性はあるのかも。  テーブルにマグカップを置いて顔を上げると、ニナと目が合った。たぶん私の目に希望の光が宿っているのを、ニナは気づいたのだと思う。彼女は「そうじゃないよ」というように小さく首を横に振った。 「だからといって、夕方見た亮さんの感じだと、一夜の過ちの責任を取って竹下に乗り換えた風には見えなかったな。竹下の腰に手を回しちゃってさ。ホント、見てるこっちが恥ずかしくなるほどイチャイチャしてたもん」 「亮ちゃんが?」  私と一緒に歩くときはせいぜい手を繋ぐぐらいだった。前に笠井の駅で肩を抱き寄せられた時は、どうしちゃったの?と心配になるほど、私に対しては亮ちゃんは淡白な人だったのに。 「やっぱりセックスしているうちに、竹下の身体に溺れちゃったんだろうね。身体の相性が良ければ、お互い離れたくないと思うし、この人が運命の相手だって思い込んじゃうこともあるしね」 「運命の相手……」  亮ちゃんの運命の相手は私だと信じていたのに、実は違ったってこと? 本当は竹下さんが亮ちゃんの運命の相手で、私はただの“恋人ごっこの練習台”だった?  希望はすぐに打ち砕かれて、私はソファーに深く沈み込んだ。 「大抵はそんなの思い込みに過ぎなくて、また別の誰かに恋をするんだけどね。でも、今の亮さんはセックスを覚えたての猿みたいなもんだから、しっかり竹下に調教されて言いなりになってると思うよ。竹下が結婚したいと言えば、『そうだな』って言い、子どもが欲しいと言われれば、避妊具なしで何回でも頑張っちゃうんじゃない?」 「子どもが出来たら、やり直すのは不可能だよね」 「出来なくても、もう亮さんは海香のところには帰ってこないよ。セックスできない海香じゃ我慢できないと思う。今まで亮さんが我慢できてたのは、女を知らなかったからだもん。知っちゃった今となっては、もうね。……諦めな」  ニナがまた背中を擦った。 「諦めな。亮さんよりいい男なんて五万といるんだから」  歌うような声が耳元で囁いた。  亮ちゃんをずっと我慢させていたのは私。もしもやり直せたとしても、また我慢させることになるのに、「戻ってきて」なんて言えるわけがない。
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