十八歳、夏

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十八歳、夏

   親友の(もえ)はお母さんのお腹の中で、羊水にプカプカ浮いていた記憶があるという。  私は、近所のお兄さんを追いかけていた三歳の頃の記憶が人生で最初のもの。その近所のお兄さんが(りょう)ちゃんだった。  十歳年上の亮ちゃんは当時中学一年生。生意気盛りの男子が、よくおままごとに付き合ってくれたり、サッカーを教えてくれたりしたものだと思う。亮ちゃんは一人っ子だったから、妹が出来たみたいで嬉しかったらしい。  亮ちゃんと私の疑似兄妹関係は、彼が高校を卒業するまで続いた。  亮ちゃんが東京の大学に行くために地元を離れた日のことは、よく覚えている。戸波駅のホームまでお母さんと一緒に見送りに行った。  亮ちゃんと離れるのが嫌で泣きじゃくる私を、彼はずっと抱きしめていてくれた。乗る予定の電車が来ても、亮ちゃんは私を宥めるのに必死で電車に乗ろうとはしなかった。結局、何本も電車をやり過ごしてしまい、お母さんが怒って私を亮ちゃんから引き離した。  申し訳なさそうな表情で手を振る亮ちゃんを乗せて、電車はあっという間に見えなくなった。その時、私はまだ八歳だったけれど、きっとこれが初恋だったんだなとぼんやり思った。私は初恋を自覚した途端に失恋したようなものだ。  亮ちゃんのお父さんは転勤族で、亮ちゃんが高校を卒業するまでは単身赴任していた。だから、亮ちゃんが東京に行った後、亮ちゃんのお母さんはお父さんのいる岡山に移り住んだ。それは、亮ちゃんがもう地元に帰ってこないということを意味した。  亮ちゃんに会えなくなっても、私の胸の中にはずっと亮ちゃんがいた。他の男子を好きになる余地なんかどこにもなかった。私の中は亮ちゃんへの想いでいっぱいだったから。  私も東京の大学に行こう。それで、亮ちゃんに会いに行こう。そればかり考えていた。  高三でクラスが一緒になって仲良くなった萌に亮ちゃんのことを話すと、容赦ない言葉が返ってきた。 「でもさ。十歳も年上ならもう恋人がいるだろうし、もしかしたら結婚して子どももいるかもよ?」 「そんなのわかってるよ。……ただ会いたいだけだもん。」  会ってどうするなんて考えていなかった。  そんなことを考えられないぐらいに、ただ会いたかった。
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