君だけに溺れる - side 亮

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君だけに溺れる - side 亮

 今年の春先に、職場の先輩がくも膜下出血で亡くなった。俺が事務所に入りたての頃、面倒をみてくれた人だった。歳が一回りも離れていたのにやけに気が合って、よく一緒に飲みに行ったものだ。告別式で目にしたのは、先輩の突然の死に呆然とする奥さんと子供たちの姿だった。  人の命なんて呆気ないものだ。俺だって、いつ死ぬかわからない。自分の人生を振り返れば後悔ばかりで、これでいいのか?と焦りにも似た感情が湧き上がった。  最近、付き合いが悪くなったと文句を言う妹尾さんに、職場の先輩が亡くなった話をしたのが間違いだった。事情を聴いたら俺を放っておいてくれるかと思ったのに、逆になんだかんだ構われるようになってしまった。  その最たるものがビーチバレーの練習だ。確かに妹尾さんは高校時代、バレー部の先輩だったが、卒業してからは二人ともバレーボールに触れることもなく過ごしてきたのに。強引にチームに入れられて、大会にエントリーまでされてしまった。  レインボーカップというその大会は、故郷の戸波で開催されるのだという。故郷と言っても、俺の実家があるわけではない。うちの父親は転勤族だから日本全国を転々としていて、戸波には俺が小三の時に引越してきた。その後、高校卒業までの十年間を過ごしたから、俺にとっては一番”故郷”と呼ぶのに相応しい場所ではある。 「懐かしの戸波だぜ? 卒業以来帰ってないんだろ?」  妹尾さんにそう言われて、真っ先に思い浮かんだのは海香の顔。十年前、戸波駅のホームで別れてから、一度も会っていない幼馴染だ。  同窓会だ、成人式だと帰る機会はいろいろあったが、結局俺は戸波に帰れなかった。海香に会うのが怖かったから。あれほど俺を慕ってくれていた海香に忘れられていたらと思うと怖かった。  忘れられていなかったとしても、嫌われているかもしれない。何しろ俺は泣きじゃくる海香をホームに置き去りにしたのだから。  そして、もっと怖いのは、海香が俺との約束を憶えていること。 『海香はずっと俺のそばにいなききゃダメだ。約束だぞ』 『うん、わかった。やくそく!』  ニッコリ笑って小指を突き出した海香と指切りげんまんをした。海香が同級生の男子と縄跳びの練習をしていたからって、みっともなくヤキモチを焼いて。  幼稚園児の海香にそんな約束をさせた高校生の俺。それなのに約束を破ったのは俺の方だった。
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