ウミ

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沈黙がまた、二人を覆いつくしはじめ、堪えきれずに、ため息を吐く。 よく考えてみれば、思い当たることが一つあった。 ただ、自分としては、あんまり口に出して言いたくない。 話したくないことを、切り出す勇気。 相手を傷つけるだけかもしれない話題。 試されてるのは、こちらだろう。 ここまで踏み込んでくる度胸がありますか? 覚悟を決め、もう一度、息を吐いた。 「兄貴のこと、考えてるの? もしかして」 「……え?」 聞いたら、ウミの顔色が一瞬にして変わった。 怯えるような目をして、こっちを見てくる。 だけどそれが証拠。 絶望的に憐れな片割れ。 どうして、よりによってそんな身近な人間に惹かれたりするのか。 「何言ってるの? アサ。 関係ないでしょ? ナギ兄は」 「嘘つくなよ」 そう。 うちには年の離れた兄がいる。 名前はナギサ。 通称ナギにぃ。 自分たちが小学生の頃には、すでに大学の寮で暮らしてた。 だから幼少期はべつとして、ほとんどずっと関わりなく生きてきたつもり。 けど最近、その兄が教師の職をみつけ、地元に戻ってきた。 ……そこが問題。 勤務地の高校が、家から近いところだからという理由で、今は実家暮らし。 ……それも難題。 まあ先生という仕事も、なかなかハードらしく、朝は誰よりも早く出て行くし、帰りは深夜近く。 ちなみに休日も長期休暇も、部活だとか職員会議だとかで、家に居た試しない。 めったに見かけないし、顔をあわせることも、まれ。 そんなくらいなら、職場近くに部屋でも借りて、ここを出て行ってくれてかまわないと自分は思うのだけれど。 ……でもウミは違う。
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