29(承前)

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 武夫は勇気を奮い起こした。ここで自分が姉を守るのだ。まだ子どもだけれど、立派な帝国臣民なのだから。 「静子姉ちゃん、先にいって。ぼくもあとから必ずいくから」  静子が目をのぞきこんできた。頬には炭がついているが、真剣な顔だ。普段なら笑って指さすところだが、武夫はうなずき返すことしかできなかった。姉もなにかを考えているようだ。 「わかった。ここにいたら焼けてしまう。先にいくね。武夫も必ずあとからおいで」  そういうと中学生の姉は、防火頭巾を両手で抱えて、後も見ずに駆けだした。焼夷弾までの7、8メートルを一気に詰めて、鬼ごっこの鬼の手をすり抜けるように、地面に刺さった黒い金属の棒の脇を走り抜ける。
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