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凍える声は砕けない
「山クン」
凍える声が聞こえる。
「山クン、見えてるだろ」
冷たい音だ。
暖かな室内にいるのに、真冬のような温度に背筋がブルリと震えた。
「なあ山クン、返事をしなよ」
ひんやり。
耳元で囁かれた声にこもった感情は恐ろしくて、まるで吹雪のようだと思った。
返事。
要求されたそれが、俺には酷く難しく思えて唇を開けない。
寒さで唇がくっついてしまっているのだ。
そう、俺のせいじゃない。
声が出せないのは、仕方のないことだ。
ほう、息が耳元で笑う。
「無視する気か」
偉くなったものだね。
冷たい声に息を潜めて、握りしめていたシャーペンをゆっくり動かした。
何をしていたっけ。
何をしないといけないんだっけ。
ああそうだ。
宿題だ。
明日が提出だから、終わらせなきゃいけなくて。
うっかり忘れてたから、苦手な数学のプリントは期日直前に白紙のままで。
ああ徹夜かなあ、って悲しくて。
仕方なく机に向かって。
「山クン」
ああ。
そうだ、俺は山本だ。
山本友哉(ヤマモトトモヤ)、微妙に回文っぽい山クンだ。
シャーペンを落とす。
どうしても指に力を込められなくて、スルリと逃げていったそれは、静かな部屋に高く響いて、息を止める。
「…山クン」
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