専用車両

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専用車両

「はぁ、はぁ、やべえよ。遅刻しちゃう」  久保木亮介は二重あごを揺らしながら必死に走っていた。目指すは地下鉄の入口。 横断歩道の前まで来たが、こんなときに限って信号は赤だ。 「ちっ」左右に目を走らせると車が来る気配はない。足を止めずに横断歩道をわたる。母親と手をつないでいる少女が久保木を指差し、「ママ~、あれ、いいの? 赤だよ」と尋ねているが、気にしてられるか。  腕時計を見ると、午前8時を過ぎようとしていた。まずい、指導係の先輩から「新入社員は部署の誰よりも早く出社するように」と言われているのに。 「はぁ、はぁ」  額の汗を拭いながら、必死で足を動かす。  4月初旬の朝。 空気はまだ涼しいが、顔から汗が噴き出し、脇の下や背中も湿っぽくなってきた。地下鉄の入口が近づくにつれ、足元がふらついてくる。普段、運動はまったくやらない。電車で空席を見つければ優先席だろうが躊躇せずに座り、階段とエレベーターなら100%後者を選ぶ。     
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