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「イン……」
狂おしげに呼ばれた声。又、そう見えるジンの表情へ、インは案じながら其の頬を両の手で包んで。
「何故、哀しむ。何故苦しむ……何が、汝を斯様な顔にさせるのだ……」
ジンは込み上げる思いのまま、インを強く抱き締めた。余りにも強い力、男であるインでも息苦しさを覚える程に。ジンの意外な心の動きに驚くインだが、抗うでもなく其の背へ無意識に手を回して居た。
「イン……私は、此れ程迄に己を醜く思うた事は無いのだ……」
己を強く抱くジンの腕の中でインは、ジンの顔を見上げる。やはり、其の表情は酷く苦し気で、半身であるインの胸をも締め付ける様な。そして更に、インを強く抱き締めるジンの腕。
「耐えられぬのだ……汝の瞳に他の者が映る事、其の声が向けられるのも……例え、其れが兄者であっても……!」
続けられたそんな言葉に、インはとうとう固まってしまう。其れは、己こそが恐れ、抱いて居た思いであると。まさかジンも同じく、此れ程迄に心を砕いているとは思うていなかった。インには、ジンの心に何時も余裕がある様に見えていたからで。
しかし。今ジンが己を抱く腕は、強い力であるのに、怯えているかの様に震えて居る。こんなジンを見るのは、長い付き合いの中でも初めてだった。驚きも勿論あったろう。其れでも、深く追及するよりも、素直に歓喜の感情が湧いてしまうイン。
「ジン。汝の口から、其の様な言葉が聞けるとは……」
インは、己を抱き締めるジンの胸へ頬を寄せる。確かにあるぬくもり、其の腕の強さを味わって居たくて。
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