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「やはり、何時もと違う……何だ?どうしたのだ……」
インが、ジンの頬へ優しく触れて。
「何でもない……汝が可愛いから困って居る」
取ったインの手の項へ唇を寄せ、ジンが溢した言葉。インは面食らった様に驚き、直後顔を又も赤く染めた。ジンの口から、こうも甘い言葉等滅多に出てこないので。そう、先程ジンを真似たリンを嗜めたばかりであるのだ。
少し動揺が見えたインへ、ジンは。
「どうした?」
素直な疑問を。どうやら無自覚かと、インも言葉は思い付かず。
「何でもない」
顔を埋めてしまうインへ、ジンが僅かに首を傾げながらも。
「さて、こうしても居れぬ……」
身を起こす。インの額へ軽く口付け、床より出て。此れにインも身を起こす。少々不満げな表情であるのは、言う迄も無く。
「情緒の無い事だ」
憎まれ口も出よう。
「済まぬ。スウインから書簡が届いていた事をすっかり忘れていたのだ……まだ目も通しておらぬのでな」
ジンは少し困った様な表情を浮かべた。確かに、身を重ねたすぐ後に部屋を出るのは不粋であろう。インの不機嫌も其処にある事は承知。
其れでも、ジンは床(とこ)の絹に紛れる荒々しく脱ぎ捨てられた己の衣をへ触れた。次の瞬間、既に其れを纏う姿となりて。インはというと、其の姿を眺め、変わらず不機嫌そうだ。
「秋もまだ来ぬ、我等が急を要する事等そうは無いだろうに」
更にの物言い。
「目を通して居らぬ以上、どうにも判断出来ぬだろう」
ジンは言いながら、インを優しく引き寄せ、宥める様に頬を寄せた。
「そう責めてくれるな。必ず埋め合わせをしよう……考えておけ」
インは、思う事ありながらも、誤魔化されている己に此れが惚れた弱味かと、溜め息を吐くだけに止めて。
「約束は守って貰うぞ」
拗ねた様な横顔に、苦笑いを浮かべながらも安堵して、ジンはインの部屋を後にしたのであった。
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