愛故に。

10/24
前へ
/71ページ
次へ
 リンとインの様子に、ジンの表情は更に穏やかさを無くす。其の場に鉢合わせてしまったというのに、自身にだけ語られない何かは通常でも良い気はしないのは当然だろう。 「そうか……部屋に戻る」  溜め息と共に、自室へと踵を返してしまうジン。 「あ、ジン……!」  インが呼び止めたものの、ジンは振り返らず。 「聞かれて困る事ならば、斯様な処で話し込まんで貰いたいものだ」  背中ごしに聞こえた言葉は静かだが、皮肉混じりの冷たい声。部屋へ向かうジンの足音が遠退く音に肩を落とすインへ、リンが又軽く頭を撫でてやる。 「大丈夫だ。妬いてるだけさ……けど、出来るだけ早く事情を話せる様にしてやれよ」  溜め息混じりに聞こえたリンの言葉へも、インは俯いて。 「だが、共に居たのはリンだぞ……」  先程見たジンの態度は、インにとってはかなりの打撃であった様だ。此処最近のジンは、インに対して此の上無く優しかったものだから余計にだろう。其れに己が語り合うて居たのは、ジンが最も信頼し、慕う兄リンではないかと不満も出て。此れが、ジンの知らぬ者と仲良さげに戯れていたというのなら、まだ己の非を受け止められるのだが。納得いかない。  しかし、リンはそんなインの心中を察しつつも。 「俺だから、まずかったんじゃないか」  インがリンの顔を見上げた。其の表情は落ち込みながらも、リンの言葉に疑問を抱いている様に見えた。軽く笑うリン。 「俺も、好きな奴がジンと仲良さげにしてたら複雑だな。何て言うか……其処に居るのは、俺じゃないのにって」  リンは苦笑いを浮かべそう打ち明ける。そして、一瞬だけ憂える瞳で。此れが、気に掛かったイン。 「リン……?」  案じてみるも、リンは既に何時もの笑顔。 「さぁ、追いかけな。ジンを泣かせるなと言っただろう」  送り出す様に肩を軽く押すリンの言葉へ、インは少々狼狽えて。 「な、泣かせてはおらぬだろうっ……リン、有難う」  最後の声は不甲斐なさからか、小さな声となる。足早にジンを追うインの背に、リンは軽く溜め息を漏らすと、先程迄インの髪に触れていた掌を寂しげに眺める。が、程無く衣を翻し、其の姿を消したのだった。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加