愛故に。

11/24
前へ
/71ページ
次へ
 一方。ジンは、自室へと苛立ちながらも足を進めていた。其の背後より、呼び止める声が響く。 「ジン様」  足を止めたジンが振り返ると、城に仕える若い女官の姿。女官は、ジンへ優美に揖すと、懐より書簡を厳かに差し出した。 「御呼び止めし、申し訳ございません。此方、スウイン様より書簡が届きまして、御目を通して下さいませ」  スウインとは、ジン達と同じく神使であり、赤龍を主とする同僚だ。にしても、書簡とは、何か急な事だろうかと過りつつ。 「ああ……ご苦労」  ジンが書簡を受け取りかけた其の時であった。女官の身が揺れ、崩れる様に倒れかける。床へ其の身が落ちる前に、咄嗟に抱き支えるジン。 「どうした、しっかり致せ」  案じるが故に、少々強い声が出てしまった。女官は、何とか気力を頼りに身を戻そうと。 「は……も、申し訳ございません……急に、目眩が……」  女官の顔色は依然悪く、意識はあるものの、ジンに体を預けたまま自力で立てぬ様だ。もしや、身に何か異変がと、ジンは女官の体へ掌を翳した。暫く神妙に其の身を診ていたジンであったが、状況を察し一息吐く。 「汝……身籠っておるではないか」  ジンの言葉に力無くも微笑み、頭を下げようとする。 「も、申し訳ございませ……す、直ぐに回復します故……どうか、どうか御気遣いなさいませぬよう……お行き下さいませ……」  女官は、そう告げると、側にある宮殿の柱へと覚束無い足を向け掛ける。しかし。 「出来るわけ無かろう」  そう言うとジンは女官を抱き上げた。驚き、酷く恐縮する女官。
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加