愛故に。

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「花……此処には無い、花の匂いがする……僅かだが、確かに……」  等と憤りを抑える声と肩を震わせているイン。そんな深刻な様子のインとは逆にジンは、焦るでも悩むでも無く、インの言葉に繋がる記憶を冷静に辿っていたが。 「花……」  中々思い当たらず。そんなジンを、インが遂に振り返った。美しい銀色の瞳は涙で潤みながらも、鋭くジンを睨んでいて。 「正直に申せ!よもや心変わりは無いと信じて居るが……浮わついたか、出来心か、其の者は、私よりも美しいのか……!」  インが矢継ぎ早にジンへ言葉を投げてくる。が、更に罵声をも飛んできそうであったインの唇を、ジンは己の唇で塞いだ。抗うインだが、優しくも熱を含んだ口付けと耳を擽る淫靡な水音に、全身の力が抜けてしまった。口付けひとつで、先程迄の憤りをも押さえ込むジンが恨めしい。  軈て解放されたインは、はしたなくも疼く己の体に悔しさを覚え俯いてしまいと。ジンはそんなインへ笑みを溢し、インの体を己へと引き寄せた。不意に体勢を崩し、ジンの胸元へ体を倒すイン。ジンはインの髪を優しく撫で、弄び。 「思い出したぞ。先日、此処へヂューアを連れてきたのだ」  インがジンの腕の中より顔を上げた。 「ヂューアを……?」 「ああ。先日使いの帰りに私が寄ると、カナメが兄者の元へ出向かねばならなかったらしく、共に連れて行こうとしていた処でな。ならば暫くと、私が此処へ連れて来ていたのだ……花とは、此れでは無いか?」  そう言って差し出されたジンの掌に、白く小さな花弁が集まった愛らしい花が姿を表した。インはジンの掌をそっと己の顔へやり、其の香りを確かめる。  そう、先程疑念を抱いた香りは此の花のものだ。 「ヂューアが私にと、其の日送り届けた際に渡してきたのだが……受け取らぬ訳にもいかず、な」
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