64人が本棚に入れています
本棚に追加
「不安で嫉妬に取りつかれて居るのは、私だけなのだと……遂には、リンに迄」
「兄者は……」
ジンは、紡ぎかけた言葉を飲み込む。リンの思いに気付かぬインを、此のままにして置きたい。リンの思いを知って、意識するインを見たく無いのだ。尚もインを自我の中に閉じ込めておきたい、醜く歪んだ心。やはり其れは、ジンの劣等感をも支配する兄が相手であるからか。インの心は、己が手にして居るのだと確信もあると言うのに。
「秋は、遠いな……」
黙り込んだジンの腕の中より、呟いたインの言葉。己等の現状を理解してはいるが、ジンの首へ腕を回し、悪戯に誘い惑わす。
「抱いてはくれぬのか……」
繊細で、しなやかな指が頬に触れる感覚。半分本気、半分は悪戯心のイン。ジンも其れが分かるので、悩ましげな溜め息を吐いて。
「よせ。そうなれば、最早止まらぬ」
目の前に迫った妖しくも美しいインの顔より、己の顔を背けるジン。声は静かにインを嗜めているが、其の横顔には動揺が見えた。インは笑い、もう一度だけジンの頬を優しく撫でる。今は互いに理性を優先させるべき、何時もと変わらぬジンへ安堵したインは、其の身を解放してやった。
「顔が見れて良かった。早く、無事に秋を迎えたいものだな」
そう言うと、軽やかに踵を返す。優美に揺れる衣。ジンへ背を向け、インは部屋より姿を消したのだった。
静まり返った私室に、動く気にもなれず其の場にて佇むだけのジン。先程迄インに触れていた掌を眺めて。
「閉じ込めては、置けぬと言うのに……――」
最初のコメントを投稿しよう!