愛故に。

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 そんな余所事を巡らせていたイン。当のリンの視線がふと、インより余所へ向けられる。 「おや……」  そんな一言と共に、ぼんやりリンを眺めていたインの頭からリンの手も浮く。頭上に感じていた心地好い重みと暖かさを失い、どうしたのだろうと。リンの視線を辿り、見えたのはジンの姿。 「ジン!」  インは嬉しさに頬を紅潮させ、無意識に笑顔を浮かべて居た。多忙極める中偶然に、ジンの姿を目にするとやはり喜びが溢れる。  ジンへと歩み寄るイン。 「今帰って来たのか?」  出た一声。使いに出ている事迄は知っていたので。 「ああ……兄者が来ていたのか」  答えながらも、何やら複雑な表情を浮かべているジン。インは違和感を覚えつつも、笑顔でリンへ視線を向けた。 「ああ。此方に使いへ来たらしいのだが、私が足を止めてしまってな」  事情を話すインの声に、リンも側へと歩み寄って来た。ジンはリンへと拱手する。 「態々済まぬ、兄者。インとは何の話を?」  まだ表情固く、僅かに眉間へと皺を寄せているジンの顔に、リンは困った様に苦笑った。 「ん……其れはなぁ――」 「リン」  インが制する様に口を挟み、軽くリンを睨んだ。此の一瞬の空気に、ジンの眉間へ皺が寄る。 「どうしたのだ」  変わった弟の声色に、リンは感じていた。ジンが己とインのやり取りに、疑念を抱いていると。切っ掛けは恐らく先程の軽い触れ合い。頭を撫でる等、ジンとインが幼い頃より変わらないやり取りだが、今となっては受け取り方が違うだろう。迂闊だった、とリンは後悔するも。 「他愛無い事だ。お前との仲をからかった」  インの一声でも追い詰められ、そんな雑な言葉しか出ず。悩ましくあるが、インの思いも知る故に無意識に言い訳を避けた。
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