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「諜報員って…情報集めたりする人ですよね…。」
「よく知ってるな。」
「本で読みました。」
「そうか。」
「でも何で喫茶店を始めたんですか?」
銀次さんの年齢だったらまだ全然大丈夫だと思うけど…。
「それは確か…奥さんが原因だったと思う。」
……銀次さん…結婚してたんだ……。
確かに指輪してたかも。
「銀次さんが奥さんと結婚した年に仕事で大怪我したみたいでな、それで奥さんが離婚したくなかったら辞めろって言ったらしい。」
「…奥さん凄いですね……。」
……あの銀次さんにそこまで言えるなんて……。
「今度会ってみたいです。」
「多分喜んで会うと思うぞ。」
そう言うと響さんは私の頭を撫でた。
じっと私を見つめて、それから私の腰を引き寄せて抱きしめた。
「? 響さん?」
「大丈夫か?」
「え?」
「姉貴の話とか聞いて…いろいろ思い出さなかったか?」
「……。」
思い出さなかったといえば嘘になる。
むしろもの凄い思い出した。
美音さんが言った響さんの浮き輪をひっくり返して溺れさせてしまったこと。
あれは私にとっては日常茶飯事だった。
浮き輪をひっくり返しされたわけじゃない。
ただ庭にあった池に落とされて、溺れさせられる。
池は深くて、小さい頃は本当に死にそうになった。
デカイ鯉がいたから食べられると思うと怖かった。
「…私は…凄く怖かったんです。」
「……。」
「いつも…いつも死にそうになって……。」
「美音さんみたいに遊びとかじゃなくて、本当に溺れさせられて…他にも高い所から突き落とされたり、食べ物に虫とか入れられたり…それ…に……。」
……あれ?
どうしよう。
「ハァ…ハァ…っ!」
上手く呼吸ができない。
苦しい。
助けて。
「椿。」
「んんっ!」
響さんが私の口を塞ぐ。
余計に苦しくなると思った。
けど苦しくなくて、むしろ心地よかった。
「ん…。」
だんだんと呼吸が正常にできるように戻っていく。
頃合をみて響さんが唇を離した。
「もういい、何も考えるな。」
そう言って響さんは私を強く抱きしめた。
少し痛い。
けど今の私にはこのくらいがちょうど良かった。
ちゃんと抱きしめられてるって実感できるから。
……ずっとこのままでいられたらいいのに……。
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