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親父にも結婚を認められ、後は椿を迎えにいくだけになった。
雅邦さんはたくさんの椿の情報を送ってくれた。
その中に、椿が喋られるようになったことが書かれていた時は、心の底から嬉しかった。
けれど、雅邦さんは椿が喋られるようになった数日後に亡くなってしまった。
まるで役目を終えたかのように。
……そろそろか。
今日が約束の日。
椿を迎えにいく日だ。
雅邦さんに最後に会った時、雅邦さんはもう自分が死ぬことを予期していた。
その時、雅邦さんは俺に二つのものを渡した。
一つは楓さんの写真だった。
いつか椿の記憶が戻った時にと渡された。
もう一つは…。
俺に対する手紙だった。
手紙と言っても、たった一言書かれていただけだった。
" 椿を幸せにできるのは君だけだ "
その言葉で、俺は絶対に椿を幸せにできると、自信を持てた。
「響、行くよ。」
「ああ。」
親父に呼ばれ、門の外に待っていた車に乗り込む。
「響。」
「何だ?」
「孫ができたらよろしく。」
「……。」
……気が早すぎんだろ…。
大方おじいちゃんと呼ばれたいに違いない。
でも、それが遠回しに椿にお義父さんと呼んでほしいということだとわかった。
「…そのうち呼んでくれるだろ。」
「…だといいけど…。」
親父は嬉しそうな顔をして外を眺めた。
親父としても、俺と椿の結婚は嬉しいんだろう。
少しだけ胸がムズムズしだした。
なんとも言い表しがたいその感覚を、俺は嫌だと思わなかった。
素直に結婚を喜ばれたことが、とても嬉しかった。
しばらくするとあの家に着いた。
椿を苦しめたあの家に、俺は入る前から憤っていた。
親父も眉間にしわがよっている。
けどあいつらはまるで気づいてないかのように振る舞う。
そして何故かご機嫌だった。
……こいつらもしかして…。
一瞬嫌な予感がしたが、それはないと思い、振り切った。
……なんか最悪だな…。
しかし、そんな最悪の気分も一瞬にして消えた。
「!」
俺がふと視線を向けた先には、椿がいた。
何故か襖からこちらを覗くその姿は、とても可愛らしかった。
頬が緩むのに気づき、慌てて顔を整える。
すると椿が怯えたように震えた。
……睨んだように見えたか…?
内心もの凄い不安を抱きながら、俺は案内された部屋へと向かった。
そしてそこでもまた椿が何故か襖の隙間から俺を見つめていた。
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