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それは哲郎のイメージに過ぎないが、その血の海水が哲郎の鼻腔に入って来た時、哲郎はなぜ響子が此処に現れたのか理解した。
その深い海の底で響子が灯した闇の答え。
膝の上に置かれた小さな黒いバッグ。その中にはジャックナイフを忍ばせてある。
哲郎の脳裏に数秒後のシーンが現実のように視えた。
深見響子はそのジャックナイフで首の頸動脈を真横に切り裂き、闇でしか生きられない深海魚のどろどろとした赤黒い血を撒き散らそうとしている。
それは参列者に湧水のように降りかかり、根津の葬儀は血みどろのパニックに陥るだろう。
哲郎はその悲惨な光景に全身を震わせ、「やめろ」と叫んだ。
そして現実に戻り、線香を上げている者の手が止まり声の方へ振り向いた。
根津の親族も参列者も何事かと哲郎を見ている。
そして哲郎は、そんな視線を縫うように立ち上がって響子の方へ急いだ。
全身を強張らせて、膝に置いた黒い小さなバッグを両手で握り締めている響子。その冷たい手を掴まえて、哲郎はその場所から連れ出そうとした。
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