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「俺がいなかったら、これで死ぬつもりだったのか?」
哲郎は響子を葬儀会場から連れ出すと、そのバッグを奪ってジャックナイフを取り出してから突き返した。
響子は空になったバックを持って、何も答えずうつむいている。
それで一緒に外に出ると、通りの近くを流れている川にジャックナイフを投げ捨てた。
それは夕闇に輝き、小魚のように煌めきながら水の中に消えてゆく。
「しかし、俺は現れた」
哲郎は立ち尽くしている響子を木陰のベンチに座らせてそう言った。
「つまり、死と生のルーレットはこっち側に転んだんだ。だから、話せよ。それが俺に対する礼儀ってもんだぞ」
「ご、ごめんなさい」
響子はやっと消え入るような小声で話した。
瞳は水で濡れている。
哲郎はなぜこの子が醜い深海魚だと思い込んでいるのか不思議でしょうがなかった。別にブスではない。顔を覆う黒髪をカットして、少し化粧をすれば可愛くなるだろう。
「根津が、君はごめんとありがとうしか言わないと。俺にこぼしてたぞ」
そう哲郎が言うと、響子は少しはにかんだ。
「根津くんが……死んだら。私には何もありません」
「だから、死ぬのか?」
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