28人が本棚に入れています
本棚に追加
スターへの第一歩になるはずだったオーディションのその日、惨めな結末に憤るリアンゼルにとって、彼女はやり場のない怒りをぶつける格好の対象だった。
しかし……
怒りの赴くまま罵詈雑言の限りを浴びせていたリアンゼルにとって、いじけて泣く彼女の代わりに突如喧嘩を買って出る相手が飛び出してきたのは、まさに青天の霹靂だった。
「おいそこのお前、勝手に息をしてんじゃねえ。誰の許可を得て地球の酸素を浪費してるんだ? 人様に消えろという前にお前が消えろ。人をゴミ呼ばわりするお前自身が消え失せろ。口を開くな、呼吸をするな」
ジャパニーズイングリッシュで咆えながらレンガ造りのトイレから現れたのは、ボサボサ髪の頭にバンダナを巻き、背中にはリュックサック、肥え太った体にアニメのTシャツをまとった日本人の大男だった。
彼の容姿はリアンゼルに見覚えがあった。海外のサブカルチャーを特集したテレビ番組で、アニメやゲームのメッカ、日本の秋葉原で多数徘徊している気持ちの悪い「オタク」という人種。
彼女が間近で目にするのは、これが初めてだった。
「ホワット、誰あんた? 汚いなりしてどこの不審者よ」
サファイアのような青い瞳を丸くしたリアンゼルは、こんな気味の悪い変質者など相手にもしたくないとばかりに顔をしかめて「しっしっ」と手を振った。
ところが、その男から叩きつけられる日本流の罵倒は、リアンゼルの悪罵を凌駕するほど辛辣で容赦なかった。
「おい、口を開くなって言ってるのが聞こえなかったのか? 人には偉そうなことをホザいておいて人の話す言葉は理解出来ないほど知能が低いのか? それとも人を虐めるその根性と同じくらい耳も腐ってて言葉も聞こえないのか? フヒヒッ、こりゃ呆れたイギリス人だな」
リアンゼル・コールフィールドは、輝くような美しい金髪に目鼻立ちの整った顔立ちの美少女だった。すらりとしたスタイルは歌手だけではなくモデルとしても通用すると彼女自身が一番自惚れていた。
その容姿と歌声に対してお世辞を含めた賛美を今まで数限りなく受けてきたが、これほどあからさまに侮蔑されたことは今まで一度とてない。
当然、彼女は激怒した。
「何よ、アンタ。頭おかしいの?」
最初のコメントを投稿しよう!