第1話  蚊の鳴くような歌声と他人の喧嘩を買う男

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「おかしいのは手前だろ。人に歌うなとかホザいておいてオーディションに落ちた自分のザマは棚に上げる。オレ様が勝手に口を開くなと言ってるのに聞いてねえ。人に誰かと尋ねておいて自分の名前を名乗る常識も知らねえ。おいおいイギリスは礼節の国って本当なのかよ。それとも手前だけが例外か? こりゃオーディションにも落ちて当然だなフヒヒッ、消えろ消えろ、とっとと失せろ」  オーディションに落ちて当然だな……心の傷にナイフを突き立てるような嘲りの言葉にリアンゼルの顔は見る見るうちに真っ赤になった。 「アンタみたいな奴に名乗る名前なんかないわ! 消えなさいよ、デブデブ、百貫デブ! イギリスが沈むから迷惑よ! 日本人の癖に偉そうに英語なんか話すんじゃないわよ! さっさとハラキリでもして死んじゃえ!」 「おー、オレ様の主張にまともに反論出来ないから的外れな悪口で来たよ! 同じ女の子を虐めて偉そうにしてたのに。オーディションに落ちた惨めな立場で八つ当たりしてたのがそんなに悔しかったのかい? フヒヒッ情けないねぇ」 「アンタに言われる筋合いなんかない! さっさとイギリスから出てゆきなさい!」  とうとう大声で喚きだしたリアンゼルに対し、母音を引き伸ばすデブオタのジャパニーズイングリッシュは、如何にも呆れ果てたと言わんばかりのイントネーションで嘲り返す。  まるで戦争でも始まったような罵倒の応酬に、近くを通りかかる人々の足が止まり、デブオタとリアンゼルと虐められていた少女の三人を取り囲むように見物人の輪が出来上がっていった。 「恥ずかしいってアンタの格好からおかしいじゃない! そんな格好でイギリスになんて来ないで! さっさと消えなさい、ゴミ風情が!」 「おお、こりゃますますおかしいや。オレ様の格好が手前がこの娘を虐めていたことと今何の関係がある? オレ様の格好より手前の頭の中の方がおかしくねえか? ああそうか、頭がおかしいなら気が付くはずないよな、それでオーディションに落ちたのか。うわあみっともねえ。フヒヒッ哀れ哀れ、顔は綺麗なのに頭の中がこうも腐ってちゃなあ」  周囲からの人々からヒソヒソ声が聞こえてくる。中にはデジカメで撮影を始める輩まで現れ始めた。  好奇と軽蔑の視線に晒されても日本人のデブオタは平然としていたが、リアンゼルはもう耐えられなかった。
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