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「どいて!」と見物人の輪を押しのけるようにして抜け出すと、憎悪の眼差しをデブオタへ向けて「ゴミ風情が! 絶対許さないから、覚えてらっしゃい!」と言い捨てて逃げ出した。
「おーっと、イギリス人のいじめっ子少女、羞恥心に耐えかねて試合放棄だー!」
まるで、格闘試合を実況中継するアナウンサーのようにデブオタが叫ぶと、観衆の何人かが思わず吹き出した。
「お帰りはどちらかな? ティペラリーへの道は遠いぞ!」
笑い始めた人々を見てニヤリとしたデブオタは調子に乗って「遥かなるティペラリー」を大声で歌いだした。ロンドンへやってきたアイルランド人の御のぼりさんが悔し紛れにピカデリーがなんだと負け惜しみを叫んだ歌である。
慎ましくクスクス笑いしていたイギリス人達は、とうとう大きな口を開けて笑い出してしまった。
「覚えてなさい! 絶対にこのままじゃすまさないから!」
高歌放吟するデブオタと観衆の爆笑を背後に、半泣きのリアンゼルは逃げ去っていった。
「ふん、弱い者イジメしか出来ねえ高慢ちきが。インターネットの中傷合戦で鍛えた日本のオタクをナメてんじゃねえぞ」
罵倒合戦に圧勝し自慢気にフフンと鼻息を吹いたデブオタは、思わず拍手する周囲に「みなさん、どうもつまらぬ物をお見せしました」と一礼すると「さて……」と、振り返った。
振り返った先にはポカンとなって立ち竦んでいる件の少女がいる。
ちょっと小太りの小さな体つきにショートカットの黒い髪とトルコ石のような青緑の大きな瞳。確かに日本とイギリス両方の血を受けたハーフだと頷ける顔立ちは、かわいいと言えなくもなかったが、幾度となく苛められ怯えた表情がすべてを台無しにしていた。
顔を合わせただけで彼女は次は自分が標的になると思ったらしく、身体を震わせて思わず後ずさった。
「なぁ」
声をかけただけで彼女はビクッとなって泣き始めたので、デブオタは驚いてしまった。
「お、おいおい泣かないでくれよ。オレ様はアンタの代わりにアイツの喧嘩を買っただけだって。別にアンタに怒ってなんかないからさ」
デブオタは困ったように話しかけたが、さっきまでずっと泣いていたせいか少女の涙はなかなか止まらない。
「参ったな、これじゃまるで迷子の子猫と犬のお巡りさんだ……」
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