前半

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 グニポは、アレクサンドリアから故郷へ戻る船上に在った。船は地中海を西へ進んでいる。秋の地中海の夜風は冷たいが、頭が明瞭になる。意識が冴え渡る感覚がグニポは好きだった。ちょうど書物を読んでいて、自分なりの答えを掴んだときの感覚とよく似ている。 秋も深まっており、空気が澄んでいるせいか、星がとても綺麗に見えた。おそらく、故郷には今頃冷たい季節風が、吹いているだろう。大熊座が視界に飛び込んでくる。今日は、大熊座のミザールの伴星アルコルがはっきりと見えていた。 「アルコル、こんなにしっかりと見えているのに、世には見えない、という人もいるのだからわからないものだなあ」 南の空に目を遣れば、地平線の上には犬に先立つもの(プロキオン)が昇っていた。あと一月もすれば、光り輝くもの(シリウス)も天に昇る。部族の神女を務める妹のサピロスによれば、グニポの守り星は、光り輝くもの(シリウス)だという。 「サピロスは、私が激動の人生を歩むようなことを言っているけれど、あり得ないよ。父上の後を継いで、部族の皆の為に生きていくのだから」 船上からは遠く、都市の灯が見える。今はちょうどローマの近くを通過している頃だ。おそらくオスティアの灯だ。グニポは葡萄酒色の髪を風に揺らしながら、遠い故郷に思いを馳せた。 グニポの故郷は、アルプスの向こう側のガリア(ガリア・トランサルピナ)のコロニア・ネマウサの街近郊、ローヌ川の畔にある。祖父の代にグニポの部族は、ローマに帰順し、ローヌ川を介してガリア人やローマ人と交易を行っている。昨今噂によく上るゲルマニア人のスエウィ族のように戦に強い部族ではないが、平和で豊かだ。  部族の中に貧富の差はあまりなく、皆働き者でよく笑う。数年前に離れたきりの故郷の皆を思い、グニポは形のいい唇に微笑を浮かべた。 「もし、父上に何かあったら、私が部族を守っていくことになる。・・・・・・部族の皆の富めるも貧するも、滅ぶも生きるも人生が私の決断一つ、か」  故郷の皆を思いながら、ふと独りごちる。部族の長の長子、しかも男子として生まれた以上当然だ。しかし、父の死後、自分に課せられるであろう責任の重さにグニポは空を仰いだ。守り星たる光り輝くもの(シリウス)は、天に未だ姿を現さず。
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